円高の最高値はいつ?2011年の75円32銭と円高の歴史・推移

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こんな疑問を持つ方へ
  • 円高の最高値(過去最高)はいつ?1ドル何円だった?
  • 75円32銭と書く記事や、別の数字を書く記事があるのはなぜ?
  • プラザ合意・リーマン・ショック・民主党政権の時代に、なぜ円高が進んだの?
  • 1ドル160円前後の2026年は、円高の時代と比べてどのくらい円安なの?

円高の最高値(過去最高)は、2011年10月31日の1ドル=75円32銭です。東日本大震災のあと、欧米の債務問題も重なって円高が進んだ年で、この記録は2026年10月時点でも破られていません。

この記事では、日本銀行の統計と当サイトの為替介入データベースをもとに、円高の歴史と推移を振り返ります。1ドル360円の固定相場からプラザ合意、1995年の79円台へ。さらにリーマン・ショックと民主党政権の時代、163円台の円安までを順に見ていきます。

円高の最高値は2011年10月31日の1ドル75円32銭

値どの時点の値か出典
75円32銭2011年10月31日の早朝、オセアニア市場で一時つけた値。「戦後最高値」として広く使われる厚生労働省「平成24年版 労働経済の分析」、AFP通信
75.30円一部のFX会社のレート(会社ごとに数銭違う)ザイFX!(サクソバンク証券のレート)
75.52円同じ日の東京市場の安値日本銀行
75.84円東京市場の17時時点の値で最も円高(2011年10月28日)日本銀行
76.72円月中平均で最も円高(2011年10月)日本銀行

※日本銀行の値は「東京市場 ドル・円 スポット」をhiro-fx.comが集計

円が対ドルで最も高くなったのは、2011年10月31日です。この日の早朝、オセアニア市場で一時1ドル=75円32銭をつけました。厚生労働省の「平成24年版 労働経済の分析」も、この値を戦後最高値として記しています。

同じ日の10時25分、政府・日銀は円売り・ドル買いの為替介入に踏み切りました。介入額は8兆722億円で、当時、1日の介入として過去最大でした。東京市場のドル円は、安値75.52円から高値79.55円まで円安方向に戻しています。

75円32銭と違う数字が出てくるのはなぜ?

為替は24時間、世界中の市場で取引されています。オセアニアの早朝につけた値と、東京市場の取引時間の値、17時時点の値では、同じ日でも数十銭の差が出ます。FX会社のチャートも、会社ごとに配信するレートが違うので数銭ずれます。

ニュースで「円高の最高値」と言うときは75円32銭が多く使われます。ほかの年と同じ物差しで比べるなら、日本銀行の東京市場の値が便利です。

それまでの記録は1995年4月19日の79円75銭

75円32銭の前の記録は、1995年4月19日の79円75銭でした。2011年3月17日、東日本大震災の6日後に76円25銭をつけ、およそ16年ぶりに記録が塗り替えられました。さらに10月31日に75円32銭まで更新しています(厚生労働省「平成24年版 労働経済の分析」、J-CASTニュース)。

【データ】円高の推移:1ドル360円から75円、そして163円台へ

図1 ドル円の推移(1973年〜2026年・月中平均) 日本銀行「東京市場 ドル・円 スポット 17時時点」の月中平均。▼は円安の山、▲は円高の山 40円 100円 160円 220円 280円 340円 1985年9月 プラザ合意 1975年 1980年 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年 2020年 2025年 1975年12月 1978年10月 1988年11月 1995年4月 79円台 1998年8月 2007年6月 2011年10月 75円台 2015年6月 2026年7月 163円台

図: 日本銀行「東京市場 ドル・円 スポット 17時時点」の月中平均(1973年1月〜2026年9月、645か月)をもとにhiro-fx.comが作成。ラベルの「79円台」「75円台」「163円台」は、その月につけた最も円高・円安の値

変動相場制に移った1973年以降、ドル円の月中平均は305.70円(1975年12月)から76.72円(2011年10月)まで動きました。大きな流れは、2011年までの「円高の時代」と、2012年以降の「円安の時代」に分かれます。

円高は一直線に進んだわけではありません。1978年、1988年、1995年、2011年と、円高の山をつけるたびに円安へ戻し、次の山ではさらに円高になりました。2012年以降は反対に、円安の山が2015年、2022年、2024年、2026年と少しずつ高くなっています。

時期ドル円主な出来事
1949年4月〜1973年2月360円→308円(固定)固定相場の時代。1971年12月に308円へ
1973年2月〜変動相場制へ為替レートが毎日動くしくみに
1978年10月183.95円円高の山
1985年8月237.20円プラザ合意(9月22日)の前の月
1988年11月123.16円プラザ合意後の円高が一服
1995年4月83.53円(19日に79円75銭)円高の山
2007年6月122.64円円安の山(リーマン・ショックの前)
2011年10月76.72円(31日に75円32銭)円高の最高値
2024年7月157.86円(3日に161.94円)円安の山
2026年7月162.45円(24日に163.95円)月中平均では1986年11月以来の円安

※日本銀行「東京市場 ドル・円 スポット」の月中平均。括弧内は報道の値(1995年・2011年)と東京市場の高値(2024年・2026年)

月ごとの高値・安値と日足は、当サイトのドル円 相場アーカイブ(2007年〜)で確認できます。

物価を考えると、円が最も高かったのは1995年4月

図2 物価も考えた円の強さ(実質実効為替レート) 日本銀行「実質実効為替レート指数」(2020年=100)。1970年1月〜2026年8月。上ほど円高 40 80 120 160 200 2020年=100 1970年 1980年 1990年 2000年 2010年 2020年 1995年4月 194.05(最も円高) 2011年10月 136.04 2026年7月 65.24(1970年以降で最も円安)

図: 日本銀行「実質実効為替レート指数」(2020年=100、1970年1月〜2026年8月)をもとにhiro-fx.comが作成

実質実効為替レートは、物価の違いも考えた、主な貿易相手国の通貨に対する円の総合的な強さです。日本銀行の統計で見ると、最も円高だったのは1995年4月の194.05でした。2011年10月は136.04で、1995年4月の7割ほどです。

反対に、2026年7月は65.24と、統計のある1970年以降で最も低くなりました。ドル円の数字だけ見れば1970年代の200〜300円台より円高です。ただ、日本の物価が海外ほど上がらなかったこともあり、物価を考えた円の力は最も弱い水準です。

プラザ合意で円高はどう進んだ?約2年でドルの値段がほぼ半分に

時期ドル円(月中平均)公定歩合出来事
1985年8月237.20円5%プラザ合意の前
1986年1月200.05円4.5%円高不況の対策で利下げが始まる
1986年11月162.72円3%
1987年2月153.49円2.5%ルーブル合意(ドルの下落を止める合意)
1987年12月128.25円2.5%
1988年11月123.16円2.5%円高が一服

※日本銀行の統計をもとにhiro-fx.com作成。公定歩合はその月の月末時点

プラザ合意は、1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルで、日本・米国・英国・西ドイツ・フランスの5か国(G5)が結んだ合意です。行き過ぎたドル高を直すため、各国が協調してドル売りの介入をすることを決めました。

合意の前のドル円は240円台でした。日本銀行の統計では、1985年8月の月中平均237.20円が、1987年12月には128.25円になっています。約2年あまりで、ドルの値段がほぼ半分になった計算です。1987年2月の「ルーブル合意」でも円高は止まらず、一服したのは1988年11月ごろでした。

円高不況からバブル経済へ

急な円高で輸出企業の利益が減り、「円高不況」と呼ばれる景気の落ち込みが起きました。日本銀行は1986年1月から1987年2月にかけて公定歩合を5回下げ、5%から戦後最低の2.5%にしました。

この低金利は1989年5月まで続きました。余ったお金が株や土地に向かったことが、バブル経済の一因になったと言われています。円高そのものより、円高対策の低金利がバブルにつながったという見方です。

1995年の円高はなぜ起きた?4月19日に79円75銭

時期出来事ドル円(日本銀行)
1995年1月阪神・淡路大震災(17日)月中平均99.79円
1995年2月〜9月円売り介入 43日・合計4兆9,589億円―
1995年4月公定歩合を1%に/19日に79円75銭/G7が「秩序ある反転」を求める声明月中平均83.53円
1998年8月円安に戻る東京市場の高値147.64円

※介入は財務省の公表をもとに当サイトの為替介入データベースで集計

1995年の円高の背景には、日本の対米貿易黒字が大きく、米国がドル安・円高を容認していたことなどがあります。1月には阪神・淡路大震災も起き、ドル円は春にかけて一気に円高が進み、4月19日に79円75銭をつけました。

政府・日銀は円売り介入を43日繰り返し、公定歩合も0.5%まで下げました。G7の声明もあって円高は反転し、1998年8月には東京市場で147.64円まで円安に戻っています。

リーマン・ショックで円高はどこまで進んだ?

時点ドル円(日本銀行)米国の政策金利日本の政策金利
2007年6月22日124.14円(東京市場の高値)5.25%0.5%
2008年9月12日(破綻の直前)107.50円(17時)2%0.5%
2008年12月18日87.19円(東京市場の安値)0〜0.25%0.3%
2009年11月27日(ドバイ・ショック)84.82円(東京市場の安値)0〜0.25%0.1%

※政策金利は当サイトの政策金利データ(米国はFFレート、日本は無担保コール翌日物の誘導目標)

2008年9月15日に米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズが破綻し、世界的な金融危機が広がりました。ドル円は破綻直前の107円台から、12月18日には東京市場で87.19円まで円高になりました。

円高が進んだ大きな理由は、日米の金利差が急に縮まったことです。米国の政策金利は2007年の5.25%から、2008年12月には0〜0.25%まで下がりました。金利の低い円を借りて高金利の通貨で運用する取引(キャリートレード)が手じまわれ、円が買い戻されました。

2009年11月27日には、中東ドバイの政府系企業の債務問題(ドバイ・ショック)で84.82円をつけました。円高はここで終わらず、民主党政権の時代へと続きます。

あわせて読みたい:キャリートレードの巻き戻しとは?円高・株安の仕組みを2024年8月の暴落で検証

民主党政権の時代に円高が進んだのはなぜ?

日付出来事ドル円(日本銀行)
2009年9月16日鳩山内閣が発足(民主党政権の始まり)90.29円(17時)
2010年9月15日約6年半ぶりの円売り介入(2兆1,249億円)82.87円(安値)
2011年3月18日東日本大震災を受けG7が協調介入(日本は6,925億円)79.07円(安値)
2011年8月4日円売り介入(4兆5,129億円)77.00円(安値)
2011年10月31日戦後最高値の75円32銭/円売り介入(8兆722億円)75.52円(安値)
2012年12月26日第2次安倍内閣が発足(民主党政権の終わり)85.36円(17時)

※介入額は財務省の公表をもとに当サイトの為替介入データベースで集計

民主党政権は、2009年9月16日から2012年12月26日までの約3年3か月です。この間にドル円は90円台から75円台まで円高が進み、政府・日銀は8日、合計16兆4,220億円の円売り介入をしました。

円高が進んだ理由として、主に次の3つが挙げられます。

  • 日米の金利差がほぼゼロ:米国の政策金利は0〜0.25%、日本は0.1%前後で、ドルを持つ利点が小さかった
  • 米国と欧州の不安:2011年はギリシャなど欧州の債務問題と、米国の債務上限問題が重なった。ドルとユーロの「受け皿」として円が買われたと分析されている(第一生命経済研究所、2011年7月29日)
  • 政権の姿勢の受け止め:政権が発足した直後、閣僚の円高容認とも受け取れる発言が市場に波紋を広げた、との指摘がある(第一生命経済研究所、2009年10月19日)

「民主党のせいで円高になった」という声もあります。ただ、金利差の縮小や欧米の危機は世界全体の出来事で、政権だけで説明できるものではありません。一方で、介入より量的緩和の拡充を求める専門家の声もあり、当時の政策の評価は分かれています。

東日本大震災のあと、76円25銭まで円高に

2011年3月11日の東日本大震災のあと、ドル円は17日の早朝に76円25銭まで円高が進み、1995年の記録を塗り替えました。日本の企業や保険会社が復旧のために海外の資産を円に戻すのでは、という思惑が広がったと言われています。FXの個人投資家などのポジションの手じまいが重なったという指摘もあります。

翌18日にはG7(主要7か国)が約10年半ぶりの協調介入に踏み切り、日本は6,925億円の円売り介入をしました。東京市場の17時には81.70円まで戻しています。

あわせて読みたい:有事の円買いとは?なぜ起きないのかを過去12回の有事のドル円で検証

円高の時代はなぜ終わった?2013年以降の円安と163円台

日付ドル円(日本銀行)出来事
2012年11月14日79.91円(17時)解散表明。次の政権の金融緩和への期待で円安へ
2013年4月4日95.61円(17時)日本銀行が「量的・質的金融緩和」を決定
2015年6月8日125.66円(高値)アベノミクスのあとの円安の山
2022年10月150.48円(21日の高値)米国の急な利上げで金利差が拡大し、32年ぶりの150円台に
2024年7月3日161.94円(高値)円安の山
2024年9月17日140.34円(安値)日銀の利上げや米国の利下げ観測などで円高
2026年7月24日163.95円(高値)NHKは「およそ39年半ぶり」の円安と報道

※150円台は三井住友DSアセットマネジメント、163円台はNHKニュース(2026年7月24日)による

円高の時代が終わるきっかけは、2012年11月の衆議院の解散表明でした。次の政権が大胆な金融緩和をするとの期待から円安が進みました。2013年4月に日本銀行が「量的・質的金融緩和」を始めると、5月の月中平均は101.01円と100円台に戻っています。

2022年以降は、米国が急ピッチで利上げしたのに対し、日本はゼロ金利に近い状態を続けたため、日米の金利差が大きく開きました。2024年7月3日には東京市場で161.94円、2026年7月24日には163.95円をつけています。

ただ、円安の時代にも円高の揺り戻しはありました。2024年は7月の161円台から9月には140円台まで、20円以上の円高になっています。2026年には政府・日銀が4〜5月に合計11兆7,348億円、7月30日〜8月26日に15兆3,993億円の円買い介入をしました。

あわせて読みたい:円安の原因は?なぜ止まらないのかを金利差と過去の円安局面で検証

よくある質問

Q1. 円の最安値(最も円安だったとき)はいつですか?

A. 固定相場の時代は1ドル=360円でした。変動相場制になった1973年以降では、日本銀行の月中平均で最も円安だったのは1975年12月の305.70円です。近い時期では、2026年7月24日に東京市場で163.95円をつけています。

Q2. 「円高の最高値」と「ドル円の最安値」は同じ意味ですか?

A. 同じことを指します。ドル円の数字は1ドルを買うのに必要な円の額なので、数字が小さいほど円の価値が高い状態です。円の側から見ると「最高値」、ドル円の数字で見ると「最安値」になります。

Q3. 1ドル360円の固定相場はいつまでですか?

A. 1949年4月25日から1971年8月までです。1971年8月のニクソン・ショック(米国がドルと金の交換を止めた)のあと、12月のスミソニアン合意で1ドル=308円になりました。1973年2月に、変動相場制に移っています。

Q4. 75円のような円高は、また来ますか?

A. 来るかどうかは言い切れません。2011年は日米の政策金利の差がほぼゼロで、欧米の債務問題も重なっていました。2026年10月14日時点では、米国の政策金利が3.75〜4.00%、日本が1.25%で、当時とは条件が大きく異なります。

Q5. 急な円高のとき、FXでは何に気をつければいいですか?

A. 2011年10月31日は、介入で東京市場の安値75.52円から高値79.55円まで、1日で4.03円動きました。1万通貨なら40,300円の値動きです。歴史的な水準では介入で急に逆へ動くことがあるため、取引量を抑え、損切りの位置を決めておくことが大切です。

まとめ:円高の最高値は2011年の75円32銭、物価を考えると1995年

  • 円高の最高値は2011年10月31日の1ドル=75円32銭(オセアニア市場の早朝)。日本銀行の東京市場の安値では75.52円
  • それまでの記録は1995年4月19日の79円75銭。物価も考えた実質実効為替レートでは、1995年4月が最も円高
  • プラザ合意(1985年)で240円台から約2年で120円台に。円高不況の対策の低金利がバブルの一因になった
  • リーマン・ショックで日米の金利差がほぼなくなり、民主党政権の2011年に75円台まで円高が進んだ
  • 2013年以降は円安の時代に変わり、2026年7月には163円台。実質実効為替レートは1970年以降で最も低い

円高の局面で行われた為替介入の日付と金額は、為替介入データベースで1991年以降の全記録を見られます。

※この記事の情報は2026年10月17日時点のものです。主な出典: 日本銀行 時系列統計データ「東京市場 ドル・円 スポット」「実質実効為替レート指数」「基準割引率および基準貸付利率」、財務省「外国為替平衡操作の実施状況」、厚生労働省「平成24年版 労働経済の分析」、三井住友DSアセットマネジメント「ドル円相場の歴史」(2022年10月21日)、第一生命経済研究所のレポート(2009年10月19日・2011年7月29日)、AFP通信(2011年10月31日)、J-CASTニュース(2011年3月17日)、NHKニュース(2026年7月24日)。為替介入と政策金利は当サイトのデータベースで集計しました。過去の値動きは将来の値動きを示すものではありません。この記事は投資を勧めるものではありません。